温泉旅館

10年ぶりに僕は日本で一番好きな温泉旅館へと足を向けた。長い運転時間も遠い田舎の風景も、子供の頃はすべてが斬新で魅力的だったのに、大人になった今それほどの感動はなく、すんなりと到着してしまった。この場所は10年前と比べてずいぶんと変わってしまった。真っ白に塗り替えられた壁、近代的なデザインの休憩所。すっかり改装された建物に、テレビやSNSの効果で集まった若者や外国人客で賑わっている。10年と言う月日がどれだけ長いものか思い知らされる。変わったことといえば、僕の方はどうだろう。環境はガラリと変わったものの、自分はさほど成長していないことに気づく。強いて言えば少し泳げるようになったことくらいだろうか。いつのまにか貸切状態になった露天風呂でひとり平泳をしてみる。日没の静けさに、真冬の一番星が枯れた木々の隙間からいつまでも揺らめいていた。